北アルプス・黒部川上ノ廊下~赤木沢~黒部源流

1994年8月10日(夜)~8月16日

パーティー:三木、菅、家内、私

<はじめに>

黒部川上ノ廊下は、単に遡行の困難さのみならず、清流・樹林・岩壁の美しさでも知られる日本有数の大渓谷であり、北アルプスの深奧部での充実した沢旅を約束してくれる。

私は以前、そんな上ノ廊下に無謀にも単独で入谷し、上ノ黒ビンガ入り口で急流の徒渉に進退窮まったところを他のパーティーに助けられ、以後ともに高巻き、懸垂下降、ザイル徒渉を数限りなく繰り返し、上流の立石にたどり着いたときには、「助かった!」というのが正直な実感であり、イワナ釣り、焚き火など沢旅を楽しむゆとりはまったくなかった。また、上ノ黒ビンガ入り口にてカメラを濡らしたため以後の写真は撮れないままに終わっていた。その時、私は、強力なパートナーと共に再び上ノ廊下を訪れて沢旅を余裕を持って心ゆくまで楽しんでやろうと決心したのであった。

その後月日は流れいつしか13年が過ぎ、今年もまた夏山山行の計画に頭を悩ませる時期となった。そんなとき、ふと、昨年、クラブの菅、足立、三木さんたちが上ノ廊下に憧れ、私から市販のビデオ<上ノ廊下完全遡行>を借りて研究し、遡行を企てるも冷夏多雨に災いされて断念したことを思い出した。また、私の家内も上ノ廊下に興味を抱いていた。加えて、今夏は史上まれにみる猛暑小雨であり、北アルプスは雪解けが例年より半月も早かったため残雪が非常に少なく、上ノ廊下遡行にはまたとない好条件であると考えられた。

<8月10日>

わが愛車タウンエース号は梅田にて菅、三木両氏をのせ、名神、中央道を経て、深夜黒部の玄関口である扇沢に着いた。早速、車とテントにわかれて、就寝した。

<8月11日快晴>

早めに起床し、各自の装備を軽量化の観点から再点検する。例年より、気温が高いのと、山肌の残雪が少ないのがはっきり感じられ一安心する。始発のトロリーバスで黒四ダムにつくと立山の残雪も例年に比べかなりすくない。(左:今回、右:前回)

三木さんを先頭に湖岸の道を快調にとばし、平の渡しには発船の30分まえに着いてしまった。木陰でゆっくり疲れを休めた後、乗船し、対岸に渡る。

しばらくは起伏の少ない快適な道が続き、以前より道が改良されたのかなと思っていると、崖崩れを避けるためのはしごの激しい上下が連続し始め、私と菅さんは青息吐息であった。しかし、何とか落伍することもなく、奧黒部ヒュッテに到着した。

宿泊の手続きを済ませた後、計画書を提出すると、ハーケンを持っていないのを注意されてしまうが、例年の6~7割の水量であると聞いて安心する。部屋で一息ついたあと各自入浴をすませ、夕食をビールを飲みながら楽しく済ませ、明日への期待と不安を胸に早めに就寝した。

<8月12日快晴、夕方一時雨>

朝食代わりの弁当を食堂で食べ、ハーネス、ウォータースパッツに渓流タビと完全武装して、勇躍出発する。朝日が白い岩と碧い流れに流れに反射してまぶしい。第一回目から腰までの徒渉となりザイルをだしアンザイレンして順番にわたる。足をすくわれないようにすり足で、やや下流に向かって進むのがコツであり、上流から確保してやると渡っている人がザイルを頼りにできる。前回は渡り終えたあとしばらくは足の感覚が戻らなかったが、今回は猛暑小雪のせいかそういうことはなかった。同じ要領で徒渉を繰り返すうち、山岳雑誌で覚えたスクラム徒渉(互いに手をつなぎあい支えあって渡る方法)が思いの外効果があることを実感し、ザイルを出すことも少なくなり、スピードアップされてきた。それまでは、ひとりでもおぼつかない者が三人、四人と組んでも効果があるのだろうかと半信半疑であった。

裏銀座の烏帽子岳をのぞむ河原で休憩した後、右岸に大きなガレが入るところで沢が右折し眼前左岸に第一の関門である下ノ黒ビンガ(ビンガとは大岩壁の意)が現れた。朝日に照らされ100m以上もそそりたっている。前回は、右岸に渡れずまず手前の瀞を右の樹林帯から大きく巻いた後、懸垂下降で一旦ビンガの右端近くに降りた後、ビンガの高さ30m付近をトラバース・懸垂下降で約1時間半もかかって通過したのだった。しかし、今回は腰下の容易な徒渉であっけなく終わった。しかし、後日、菅さんが知り合いの富山県警山岳救助隊員に聞いたところによると、2~3日前にここで高巻き下降中に転落死亡事故があったそうであるから、決して油断はできない。(上:今回、下:前回)

第二の関門である口元のタル沢ゴルジュ入り口で休憩する。支沢には残雪があるが、暑いので冷たい沢水でつくった菅さん持参のポカリスウェットがうまい。薄暗いゴルジュ中程までじゃぶじゃぶと進むと、深い瀞となる。前回は、浅瀬をつたってここまで進み右側の小壁にとりついて高巻き・懸垂したが、今回は全員泳ぐ決意である。

まず、率先して若手男子が行かねばとばかり私がゆくが胸まで浸かったところで水が思いの外冷たく感じられ、途中で手足がこわばるのではと思ってビビってしまいひきかえしてしまう。代わって、私より20才近くも年長の三木さんが抜き手をきって難なく10m程を泳ぎ切り浅瀬にたどりつく。残りの者は浮き袋代わりのザックにつかまり、ザイルで引っ張られて通過する。一安心と思うまもなく、今度は対岸に激流の徒渉である。思案の後、私がザイルをつけ、石飛びして渡ってザイルを張り、残りの者はザックにつかまってザイルに引かれ、まるで鯉のぼりのように泡立つ激流を突破した。難なく徒渉を繰り返し、右から廊下沢が流入すると広河原となった。炎天下のんびりとだだっぴろい河原をたどり、左側から中のタル沢、右からスゴ沢が入ると第三の関門である上ノ黒ビンガに入ってゆく。(ルート図は前回のもの)

上ノ黒ビンガ直下への徒渉は、前回は屈強なアベックパーティーのザイルの助けを借りてやっとの事で渡ったが、今回は難なく渡る。この次の徒渉であるが、前回は、3人で力を併せても、どうしても渡れなくて、逃げ場のないこの上ノ黒ビンガ直下で泊まったのだった。ビンガをふりあおぎながら進むと、右側から、白い花崗岩を割って美しい滝が落ちてくる。もうすこしゆくと、苔蒸した緑色の美滝が落ちている。この上ノ廊下随一のビンガの景観を網膜とフィルムにしっかりと焼き付けながら、金作谷出合に着いた。前回は巨大なスノーブリッジがかかっていたが、今回は跡形もない。右側には一直線に金作谷が薬師岳の頂上に向かって突き上げている。ここで、石井スポーツで買ったとっておきのインスタント安倍川餅を冷水で戻して試食したところ、好評であっというまになくなってしまった。(ルート図は前回のもの)

さあ、いよいよ最後の関門である金作谷ゴルジュである。前回は、屈強なクライマーさんに助けてもらいながら、悪い草付き岩場のトラバース、30mの空中懸垂、ザイル徒渉などが連続し、もっとも消耗した区間であったが、今回は水線通しにほどほどに手応えのある水との戦いを楽しめた。(ルート図は前回のもの)

ゴルジュを抜けるとしばらく容易な河原歩きの後、快適な砂地のテントサイトに着いた。少し早いが、これで上ノ廊下遡行は成功したも同然なので泊まりとする。流木を支柱にしてツェルトを二張り張ってから、流木を集めて焚き火の準備をする。菅さんと私はイワナ釣りにでかけるが、小さいあたりはあるものの釣れない。諦めて戻ると、家内の手で夕食の準備ができており、焚き火を囲んで皆で楽しく食事をした。食後、暗くなりかけていたが、再び釣りにでかける。今度は私が25cmほどのを1匹つり上げた。早速、枝にさして、塩焼きにして賞味する。いつのまにか、頭上には満点の星空が拡がっていた。

<8月13日晴れ、14:00~18:00雨>

シュラフカバーだったので夕べは皆震えていたようだ。関門はすべてクリアしたので気が楽になり、楽しく進む。赤牛沢手前のゴルジュは腰までの徒渉で通過し、赤牛沢出合、岩苔小谷出合と快調に通過する。家内と二人で赤牛沢を登った時のことを思い出す。最初の廊下帯出口の瀞はザックにつかまって泳ぐ。菅さんは、三木さんのザイルに引っ張られて泳ぎ始めるが、ザックがひっくり返ってバランスをくずし溺れそうになり皆をひやっとさせる。どんどんへつって進む。誰かがやっと沢登りらしくなったなーという。菅さんはなんとか一匹をものにしようとこまめに竿をふっている。立石奇岩(河原にそそりたつ高さ20m程もあるローソク岩)のそばでやすんだあと、なおも快適な遡行をつづけ、大東新道にであうところで初めて懸垂下降(わずか数mのものだが)をする。三木さんと家内は巧みにクライムダウンする。

薬師沢出合いにて、太郎平経由で下山する菅さんと別れ、源流に足を踏み入れる。うってかわって、人が多くなる。釣り人も多いが釣れるのだろうか。赤木沢出合下流の滝下で雨が降り始めたので、滝を右から大きく巻き道にでて、兎平手前で再び沢に降り、対岸の兎平を今宵の泊まり場とする。濡れることへの慣れのため雨具を着るタイミングを逃し、全身が濡れてしまったこともあって寒い一夜を過ごすこととなった。我々はツェルトだが、他のパーティーはゴアエスパース2張りとダンロップ1張りで快適そうでうらやましい。予定より約1日早く進んでいるので、明日は、私が以前双六谷経由で遡行し感激した源流随一の美渓である赤木沢を二人にプレゼントすることにした。

<8月14日快晴>

青空のもと、出合をへつって赤木沢に入る。朝日を全身に浴びながら次から次へと現れる美しいなめ滝を皆喜々として直登してゆく。遡る喜びは前回の時と少しも変わらない。次回は、紅葉時に訪れてみたい。大滝30mは右手前の草付きから踏み跡に従って大きく巻く。再び、歩きやすい滑床を流れについて遡って行くととうとう水源となる。後ろを振り向くといつのまにか立山、薬師岳をはじめとする黒部川流域の山々がひろがっている。三木さん持参のグリーンティーを冷たい沢水に溶かすととてもうまい。

十分な飲料水を水筒に詰め、あとはひたすら源頭部の草原を登り詰めて中俣乗越のやや黒部五郎岳よりの縦走路にでたが、今年は雪解けが早かったのが災いして、お花畑の絨毯を踏めなかったのが少し残念であった。ジグザグの長い登りに耐え、五郎岳頂上の肩に登り着く。また、夕立があるかもしれないので、今のうちにと濡れ物一式を店開きする。私が番をしている間に家内と三木さんは山頂を往復してきた。

充分憩った後、黒部五郎カール底より、五郎沢右股をどんどん下る。いいかげん、いやになる頃黒部川本流に降り着いた。

少し遡って、黒部源流の仙境祖父平にて、ツエルトを張った。イワナ釣りや散策をして2~3日のんびりしたくなるような雰囲気のよい草原だ。早速、三木さんは祖父沢で、私は本流で1時間程釣りをし、三木さんは20cm位のを一匹、私は15cm位のを一匹と三木さんが見つけた草原の小川にいた25cm位のを一匹、計三匹のささやかな釣果があった。塩焼きは面倒だと言うことで、今度は刺身にしたが、わさびしょうゆで頂くととろっとして誠に美味であり、このうえない酒の肴であった。

<8月15日快晴>

爽やかな早朝の清流を小さな雪渓歩きもまじえて楽しく遡って行くと鷲羽岳が眼前に大きくそびえるようになり、雲の平と三俣蓮華小屋を結ぶ登山道に出た。ここで、沢支度を解き、のんびり休んだ後、登山道をあえぎあえぎ登るとついに黒部川滴流の峠である岩苔乗越 に着いた。

大展望を満喫しながら水晶小屋を経て野口五郎岳手前より竹村新道に入る。炎天下、私は半ばバテかけていたが、北鎌尾根や硫黄尾根の眺めに励まされ、三木さんに引っ張られるようにして延々と急降下し、湯俣の晴嵐荘に辿りついた。早速、温泉で5日間の垢を落とし、夕食のカレーライス(これは期待はずれ)を肴にビールで乾杯すると、体の底から満足感がこみ上げてきた。

<8月16日快晴>

ルンルン気分で早朝の爽やかな冷気のなか高瀬川沿いの道を辿る。高瀬ダムよりタクシーで扇沢に戻り、愛車に再会し、帰路に着いた。

<おわりに>

良い山登りの三要素は、良い山、良い仲間、良い食べ物だといわれるが、今回の山行はまさにそれらを満足していたと思う。しかし、何よりも喜ばしいのは、天候不順のため遡行中止の憂き目を見る者の非常に多いこの上ノ廊下遡行に、皆が初見で成功し、そのうえ黒部源流の美渓の誉れ高い赤木沢に入谷できたことであろう。

前回からの長い年月の間の土砂の堆積により水深が浅くなっていたことに加えて、少雨・少雪・猛暑により、さしもの上ノ廊下も沢4級===>沢2級にグレードダウンしたかの感があったが、上ノ廊下の遡行価値はいささかもゆるがない。今回残念ながら参加できなかった会員諸氏には是非機会をつくって遡行していただきたいものである。

<コースタイム>
8月11日
黒四ダム8.00~中ノ沢10.50~11.15平の渡し12.20~12.45小沢~14.30ヒュッテ

8月12日
ヒュッテ6.30~8.15下ノ黒ビンガ~8.45口元のタル沢~10.05廊下出口10.30~11.00 廊下沢~11.30スゴ沢~12.55金作谷~14.30テン場

8月13日
テン場7.35~9.00立石~9.50奇岩~12.05懸垂場12.20~13.45薬師沢14.00~15.10 兎平

8月14日
兎平6.25~7.55大滝下~8.40水源~9.25稜線~10.50五郎岳11.55~14.15黒部川~ 祖父平

8月15日
祖父平6.30~8.15三俣分岐~10.00岩苔乗越 ~12.50竹村新道分岐~16.40湯俣

8月16日
湯俣~高瀬ダム

<反省>
・ポカリスウェット、グリーンティー、梅酒、インスタント安倍川餅は美味。
・重いエントラントツェルトよりもエスパースマキシムの方が良かったかも。
 設営は楽で、風に強く、結露、雨漏りもない。
・兎平では2パーティーがゴアエスパースを使用していた。購入検討価値あり。
・着替えズボンはもっと暖かいものにすべきであった。
・シュラフカバーは寒かった。コンパクト羽毛シュラフの購入検討価値あり。
・酒パックは水筒になる。
・大きめのタオルを用いての手の甲、耳、首すじの日除け対策必要。クリーム持参すべき。
・7mm20mザイルの使用頻度大であった。
・事前に水量問い合わせるべき。

<黒部山行会計報告>
(往路)
吹田IC~豊科IC(¥7500)
ガソリン代(¥4540)
トロリーバス(¥1240)
奥黒部ヒュッテ(¥7700)
ビール(¥650)

(復路)
タクシー(¥6580)
ガソリン代(¥4690)
豊科IC~池田IC(¥7850)
豊科IC~名古屋IC(¥5250)
名古屋IC~亀山IC(¥1400)
西名阪道(¥600)
阪神高速(¥600)

<食料>
1泊目(¥3200、4人分) ¥800
2、3泊目(¥9200、3人分)¥3066

     
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