北海道日高・サッシビチャリ川~ペテガリ岳

1991年8月5日~8日

パーティー:L私、家内

<はじめに>

 宇都宮での生活も落ち着き、夏休みは久し振りに北海道の山へ登りたくなった。北海道の山と言えば、やはり日高は外せない。北日高の幌尻・カムエクはもう登ったので、次はなんといってもペテガリだろう。しかし、ペテガリ山荘からの往復ではつまらないので、沢コースを検討したが、北日高と違って、中南部は手強い沢ばかり。そんな中で、「登山体系」で見出したのは、唯一の容易な沢と言ってもよいサッシビチャリ川本流だった。手持ちの5万図「札内川上流」では、サッシビチャリ川上流部と主稜線のペテガリ山頂直前までしかカバーされてなかったので、宇都宮都心の書店に不足部「神威岳」を買いに走ったのが出発前日。しかし、地方都市の悲しさで、マイナーな地域の地図は売ってなかった。不安はあるものの、ガイドブックの略図で概念はつかめるので問題ないだろう。

<8月5日>

 静内からペテガリ山荘まで延々と40キロ走る。道中、殆んどが、砂利道のオフロードとなる。別名、「パンク街道」というそうな。コイボクシビチャリ川分岐先で、崖崩れにとりあえず道を付けたような個所がしばらく続き、緊張する。サッシビチャリ橋手前で、学生と思しき数人のパーティーに出会う。タクシーを雇うお金がないのであろうか、これから、下山後の疲れた身で、炎天下をバスの通う集落まで延々と10キロも20キロも歩くのだろう。時間に余裕があれば、送ってあげたく思った。

 サッシビチャリ橋に車を止め、しばらく右側の林道を辿ったのち、入谷。しかし、すぐに深いゴルジュに阻まれ、右側のルンゼ状を急登し、荒削りなブル道をしばらく歩いていよいよ遡行開始。 ザックに鈴、ときどき笛、ヒグマへの緊張が高まる。家内は「にんげん~さまのおとおりだい!」などと冗談交じりに口ずさんでいる。1箇所ゴルジュがあり、左の林間を容易に越える。その他は、単調な河原歩きが続く。

 その河原で意外な物を拾った。5万図である。それも宇都宮の書店で買えなかったあの図幅だ。おそらく林道で出合った学生達のものだろう。不思議なこともあるものだと家内と顔を見合わせた。 後年、こういう偶然の一致のことを心理学では「シンクロニシティ(共時性)」と呼ぶことを知った。  さて、初日は、川岸の林間でエスパースを張った。早速、釣竿を出すがアタリさえもなく、かなりガッカリする。

<8月6日>

 しばらく河原歩きの後、試しに釣竿を出してみると、何の変哲もない瀬なのに次々と釣れる。 家内の竿にも良形がかかり、「はよ、写真、写真」と弾む声。

 早く胃袋に収めないとクマが嗅ぎ付けるので、魚止め滝のところで塩焼きにして味わう。魚止め滝は右から巻いて、落ち口すぐ上に短くケンスイする。

 美しいナメ滝を越え、ルベツネ沢出合いは手前右から巻き、磨かれた樋のようなルベツネ沢を渡って上流へ。やがてガレた伏流地帯に差し掛かると、照り返しが暑い。また、アブがたくさんまつわりつくので、防虫ネットをかぶる。

 突き当たりの2条50m滝は傾斜が緩いので、おもむろに水流右側から取り付く。時折、右から灌木が枝を差し伸べてくれるので助かるが、登るにつれて高度感が増して緊張する。「こんなとこで墜ちなや!」と後続する家内の声。慎重になんとか登りきる。以後、沢は俄然傾斜を増し、次々と滝が出てくる。10m斜滝は最初右から取り付くが自信がなくなり、替わって家内が6mm20mロープを付け先行する。

 そろそろ時間も時間なので、テント場を探しながら、登ってゆくが、両岸には一人分の横になれる平地もない。そうこうするうちに陽が傾き焦りを感じ始めたころ、左斜面を10mほど登ったところに、でこぼこではあるが、人二人がなんとか横になれる長方形様の段が見つかった。ちょうど谷側が盛り上がっていて、滑落防止に都合が良い。そこになんとかエスパースをセットした。斜面を滑り落ちないように貼り綱はそばの灌木の細枝に縛り付けた。あとは夜中に用を足すときに寝惚けて足を滑らさないように気をつければ良いだけだ。いつのまにか谷霧が夕暮れの谷間に沿って上昇してきて幻想的な風景だ。

<8月7日>

 朝一番、テント場より念のためロープ確保で斜滝上に草付きをトラバースする。なおも小滝を越えながらどんどん沢を詰めてゆくと、やがてブッシュとなり、1599m峰に飛び出す。おお、ブロッケン現象だ。

 北方には、1839峰、ヤオロマップからカムエクへと続く主稜線、

南方には、ペテガリへと続く主稜線。渓流タビを運動靴に履き替えながら、朝日を浴び、そよ風に吹かれ、開放感を味わう。

 ルベツネ山付近は灌木のヤブコギに消耗する。小さなペテガリCカールに黄色のテントが1張り見える。ヒグマ出没の記録があるし、今日中にペテガリ山荘まで降りれないことはないが、岳人憧れの日高3大カールということでもあり、先客のいる安心感も手伝って泊まることにした。先客は山岳写真家の市根井氏とその助手の方であり、もう何週間もここにおられるとのことであった。ヒグマについて訊ねると、現在は北日高のカムエク方面へ移動しているので大丈夫とのこと。それでもカール下端に水を汲みに行く時は、おそるおそる、であった。

 チチチという鳴き声にテントから身を乗り出すとナキウサギが穴の中に隠れて行くところであった。他に登山者もやって来ず、静かなカールの一夜であった。

<8月8日>

 霧がかかっている。昨日のうちに頂上から南日高の展望を楽しんでおくのだった。霧の中、山頂で記念写真を撮り、長い長い西尾根の下山にかかった。ペテガリ山荘から林道を一頑張りで愛車タウンエースに帰着。

 なんと周辺にゴミが散らばっている。車の下を覗いて唖然。余った食料を、車内は暑くなり傷むので、テーブル代りの衣装ケースに入れて置いたのだが、缶詰を除いて、食べ残し皆無であった。すわヒグマかと思わずあたりを見回したが、どうも猿ではないだろうか。

 後半の知床登山に備えて、旅館に泊まって、ゆっくり疲れを休めたいと、一路、静内へと車を走らせた。


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